君の手で掴んで 強さも 儚さも かすかにこぼれた光さえも

最近ふとしたときに、後藤さんはいま何してるかなって想像するんです。作詞してるのかなとかモンハンやってるのかなとか。ストーカー傾向にあるとかいうことではなく、本当にただ何となく。
後藤さんの幸せはどんな形なのか考えてみる。
家族と同じ時間を共有することなのか、のんびり時間を気にせず生きることなのか、結婚することなのか。どんな未来が後藤さんにとっての幸せなんだろう。
考えたところで私には何も分からないんですけどね。何故かいつも後藤さんの未来は全く想像できません。私生活だけじゃなく、芸能生活においても。後藤さんが進んでいく方向や、後藤さんがいる未来の様子というのは想像もつきません。予想しようと試みたところで想像したどんな画も何かが違う気がする。どうしてなのかその理由すらはっきりしないんですけど。そういう存在なんですね、私の中での後藤さんは。いつだって型に嵌ることがない。どんなに似ていても、同じようなことをやっていても、必ず何かが違う。その違いの説明すら私には出来ないし、多分自分でもはっきり分かってるわけではないんですが、「それが後藤真希だから」としか言うことが出来ないんだと思います。
私が後藤さんに求めた物は、きっととてつもなく大きなもので、多分私はまだそれを見つけていない。過去の後藤さんに見いだしたものとはまた違うことで、だけどそれはきっと凄く大きなものだったんだろう。それがどんなものなのか自分でも分からないから、少しずつ変わっていくようないつまでも変わらないような後藤さんを見続けてきた。だから、私はずっと後藤さんを見ていたいと思った。それは今でも変わらない。これが多分「好き」って気持ちで、具体的な理由ははっきりと理解することは出来ないけど、私の目にはいつも輝いた後藤さんが映るし、後藤さんの歌が聴こえるし、全身で踊る後藤さんが見える。そこに後藤さんが居れば、私は必ずいつまでも後藤さんに目が惹きつけられるのだと思う。どんな後藤さんが良いとかではなく、そこに後藤さんがいるから、その存在自体に惹かれているのかもしれない。

そんな後藤さんが年内で休止を発表してから2週間程経ちました。

後藤さんは自分でゴールを決めて、そこまで精一杯走り抜けると言った。ファンの皆さんの為に踊ります、と。この言葉は本当に後藤さんが思っている事なんだろうと思います。自分が踊りたいとかではなく、それも含まれてるとは思いますが、何よりもファンの為。後藤さんという人はこういうところで嘘を吐けない人だと思うのです。見ている方が不安になるくらい不器用で素直で。
後藤さんは根本的にいつも受け身で、周りによく気を遣って結局自分のことを考えてる余裕がなくて、というかあまり考えようともしてこなかったのかなと思います。そんな後藤さんが自分で一度足を止めようと決めたことだから。

今はまだ何とも言えないし、勿論私はファンなので期待してる部分は否めないのですが、後藤さんは、「休止」という言葉を使っているけど、戻ってくるか戻ってこないかも本当に何も決めてないんじゃないかなぁと思ったりします。仕事が無い間は、もの凄く自堕落に過ごすかもしれないし、家族と時間を共有したり、今は居ないってよく公言してますがそのうち結婚するかもしれないし、またふらっとロサンゼルスに行ってずっと向こうに住むなんて事もあり得る。でもふと「ちょっと歌おっかなぁ?」なんて思い立って突然復帰するかもしれない。という希望は捨てません。後藤さんが復帰を望んだときは、私もごまヲタの端くれなので当たり前のように温かく激しいごっちんコールの心の中で叫びながら迎えるんでしょうけど、本当に全く分かりません。帰ってくるときは絶対帰ってくるし、帰ってこないときは絶対帰ってこないでしょう。当たり前ですが。それでも私は、いつまでも静かに待って居ようと思います。いつか後藤さんが帰ってくる場所をちゃんと用意できているように、いつでも温かく迎え入れるように。

後藤さんに出会えたことは本当に幸せだなぁと思います。いつも。この世界に生を受けたこと、そして目が眩むほどの輝きを纏って私の前に現れたこと、私がその輝きに何かを見いだして魅了されたこと、世の中の人の大勢が一時でも同じようにその輝きに目を奪われたこと、今この瞬間もこの世界のどこかに存在すること、全てが奇跡のような事なんだと思います。だから私は神とか仏とかこの世界を構成する様々なものに感謝し、いつか何かを返さなければいけないなぁと思うのです。

やっぱりごっちんの笑顔が最高。